北朝鮮向け短波放送が始められて早10年の歳月が流れた。この間、新たに拉致被害者が帰国することはなかった。そんなこともあり昨日、今日と拉致に関するマスコミ報道が目に付くのは気のせいか。新たに拉致濃厚な人がリストアップされたということまでもある新聞に載っていた。
11月2日は加藤勝信拉致問題担当大臣の「しおかぜ」メッセージ収録が行われ、来週の土曜日から北朝鮮向け短波放送で複数回にわたって放送されるというニュースも出ていた。
しかし北朝鮮からの情報は何一つ得られたことはない。これからもマスコミのこうした報道は何もないだろう。放送開始から一日も休まずモニターを続けてきたが、どれだけの人が聞いているのだろう。その記録は幾つかのサイトにすべて載せている。
短波放送という性格から受信状態が安定しない。それに拍車をかけているのが周波数管理のずさんさである。VOAやBBCなどにみられる臨機応変な周波数変更が全くできない、いややらない体質はとても拉致事件を解決しようとする意志は感じ取れない。
■しおかぜ10周年 【調査会NEWS2028】から
専務理事 村尾建兒
2005年10月30日、夜23:30から1日30分間で放送を開始した「しおかぜ」は、本日で丸10年を迎える事になってしまいました。
放送初日には配信委託会社が英国であったためサマータイムの影響により電波発信が遅れ、いきなりのトラブルとなった事、そして、1時間後にラジオからメインテーマの「ふるさと」が流れ「こちらはしおかぜです」と聴こえた瞬間の感動は今でも忘れる事は出来ません。
始まりは、韓国で対北放送を行う自由北韓放送のキム・ソンミン代表が当時のネットラジオ放送から短波放送へ切り替えると産経新聞が報道したのが2005年7月、それを見た代表荒木がソウルへ飛び、英国の配信委託会社「VTコミニュケーションズ」(当時)を紹介され、今度は即ロンドンへ、帰って来た時には「10月30日から放送する契約をまとめてきたので、君がやるしかないね」と笑顔で言われた事は昨日のように覚えてします。
ラジオ使ったプロパガンダ放送や呼びかけは、東西冷戦下で実施されていた「ラジオフリーヨーロッパ/リバティ」やコロンビアで邦人企業の幹部を誘拐し身代金を要求する事件の際、ご家族が犯人集団の拠点となる山岳地帯へラジオを通じて呼びかけた事など、実績や有効性は十分理解していましたが、ラジオ番組を作るというのは簡単ではありません。ましてや北朝鮮向けに放送をやった事のある日本人は誰も存在しません。不安定である短波帯の電波からどう放送を見つけさせるのか、番組構成や著作権の問題などクリアしなければならない課題は山ほどありました。
そして、毎日30分1週間放送するために制作した番組は、調査会の失踪者公開リストと政府認定者未帰還者の名前を読み上げる内容を失踪・拉致の年代順に7本用意。収録は事務所の会議テーブルで行うしかなかったので、電話やインターフォンが鳴ればNGとなり、対策として選んだのは夜間に収録する事。機材もお金も全く無く、私が自宅からマルチレコーダーとマイクを用意し、4chを使ってカセットテープへアナウンスを収録。編集、BGMを挿入し、再編集しミックスダウンという今からでは考えられない状況で、番組が出来上がったのは10月半ば過ぎでした。
放送開始後、各メディアから「しおかぜ」のニュースが流れると、多くの皆様から応援や寄付金を頂けるようになり、放送時間の拡大や新たな機材の導入、悲惨な収録環境を見かねた自衛官の方が休暇を取って泊まり込みで手作りのスタジオを建造してくれた事など、多くの皆様のご支援とご理解に支えられて来た事も忘れられない出来事です。
放送開始から半年、2006年のゴールデンウィーク、突如「しおかぜ」を襲った妨害電波。放送開始前には必ず北朝鮮は妨害電波を発信してくると多数の方から助言を頂いていました。しかし約半年間まったく北朝鮮から反応がなかった事に、少々寂しさを感じていたのが正直な気持ちでしたが、妨害が始まって見るとその凄まじい雑音は恐怖すら感じる激しい物でした。と同時にこれで「しおかぜ」も完全に北朝鮮に認知され、妨害電波を出すという事は北朝鮮内部に「しおかぜ」を聴かせたくない拉致被害者が確実に存在すると確信を得たのもこの時でした。
私自身「しおかぜ」をやりながらとても不可解に思っていた事がありました。それは「日本人を助ける為の放送を、何故日本からやれないのか」という事です。この件については多くの国会議員の皆様などにもご理解頂き、国会で「しおかぜ」についての質問が度々上がるようになりました。
2007年3月末からは茨城県のKDDI八俣送信所から電波を送信することが、第1次安倍政権の政治決断により可能となり、総務省より無線局の免許と複数周波数の割当を頂き、妨害電波対策も強化され、さらにこの10月25日からは全ての放送時間を国内最大送信出力である300kW送信を実現する事が出来ました。これも多くの皆様のご理解とご尽力によるものと感謝すると共に、多くの国民が「しおかぜ」の有効性を理解して頂けたからこその結果と思っています。
一時は資金難により放送時間縮小を記者会見で訴え、マスコミの報道によりびっくりする程寄付金が集まった事など、ちょっと振り返るだけでもここには書ききれない数々の出来事がありますが、何より放送開始時には、まさか10年というこんなに長い年月、放送を続ける事は全く想定していませんでした。しかし、逆を言えばこの間に拉致問題の解決が出来ていなという現実があり、我々にも責任の一端があると痛感しています。放送開始から「全ての拉致被害者を救出するまで放送を続ける」と宣言した事は今も全く変わっていません。どんなに資金難となってもこれだけは必ず全うします。
ここまで「しおかぜ」が続けて来られたのはひとえに皆様方のご支援と、多くの国民に拉致被害者救出への強い願いがあった事に尽きるでしょう。今後も拉致被害者と北朝鮮に囚われた同胞の希望の光となるため、番組内容の充実、受信環境の確保、妨害電波対策、さらには現在模索検討中の中波送信も含めて、あらゆる手段を使って邁進して参ります。引き続き、皆様のご理解とお力添え何卒よろしくお願い申し上げます。