2024年11月12日

11月11日ふるさとの風

1300の「しおかぜ」は5935kHzが良好である。パラの7305kHzは混信が強くほとんど聞こえない。CNR1につぶされている。月曜日は日本語放送からで、先週金土と同じ番組が出ている。
始めに拉致被害者情報について、10月16日調査会の記者会見の内容が出ている。救出への道コーナーは増元輝明さんから、2023年作文コンクール中学生部門優秀賞「自分ごと」として考えること、沖縄県南大東村立南大東中学校3年池田七星さんの佐久本が読まれている。

1300の「にっぽんの風」と1330の「ふるさとの風」は各波良好である。7295kHzにはジャミングが確認できるが、弱くほとんど影響はない。
ふるさとの風ニュースは、11月7日石破総理は11月7日次期トランプ大統領と電話会談を行った。この後の林官房長官の発言が出ている。ニュース解説は北朝鮮が11月5日の弾道ミサイル発射を行った。米大統領選挙を意識した行動とみられる。
今週の一曲、朝鮮語は矢井田瞳のMy Sweet Darlin'である。日本語放送は10月5日蕨市での共同公開収録ライブコンサートから、宇佐美由美子の「途切れた道しるべ」である。

1405の「しおかぜ」は6085kHzが聞こえるが2kHz上のFSK波が強く聞きづらい。7260kHzは中国語の混信が強くほとんど聞こえない。この時間は開始と終了に「しおかぜ」のアナウンスがあり、番組は先週1330に放送された「ふるさとの風」が出ている。

1430の「ふるさとの風」は7290、7520、9560kHzが良好である。CNR1の混信もわからない。この番組だけ最初の懐かしい日本の歌がカットされている。
「ふるさとの声」は横田めぐみさんへ、横田早紀江さんのメッセージから始まっている。2024年5月11日家族会、救う会、拉致議連等主催の「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」で収録したメッセージである。続いて2024年6月5日付の産経新聞に掲載された、めぐみさんへあてた手紙が読まれている。
そして2020年6月5日逝去された、お父さん横田滋さんから、2015年2月に収録のメッセージ、この時はまだ元気そのもの、はっきりと聞き取れる。モンゴルで孫と会ったことも述べている。続いて弟さん横田拓也さんから、2024年5月11日国民大集会でのでの収録メッセージから。同じく横田哲也さんから2024年6月7日参議院特別委員会での発言から。終了アナウンスの途中1458に停波している。この番組は2024年8月9日、19日、29日、9月9日、20日、30日、10月10日、21日、11月1日と同じ内容である。

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2024年11月11日

11月10日「しおかぜ」

日曜日1300の「しおかぜ」は7305kHzが混信でほとんど聞き取り不可能である。ほぼCNR1につぶされている。5935kHzは混信も全くなく受信状態は良好である。
日曜日は過去に放送された日本語放送が出ている。2023年10月21日に都庁前広場で、特定失踪問題調査会主催で開催された「『お帰りと言うために』拉致被害者・特定失踪者家族の集い」で収録された家族からのメッセージが出ている。
1963年石川県能登半島沖で拉致された寺越昭二さんの長男、寺越昭男さんからのメッセージ。
1965年神奈川県で失踪した山形キセさんの妹・伊勢フサさんのメッセージ。
1967年北海道海上で失踪した紙谷慶五郎さんの娘・圭剛さんの妹・礼人さんと速水さんの姉北越優子さんからのメッセージ。
1968年北海道で失踪した斉藤裕さんの姉斉藤由美子さんのメッセージ。
1969年青森県で失踪した今井裕さんの兄今井英輝さんのメッセージ。上からの指示でこれ以上捜査するなと言われているという。
1971年埼玉県で失踪した井上克美さんの兄井上一男さんのメッセージ。
1971年鹿児島県で失踪した園田一さん・敏子さん夫妻の長女前山恵子さんのメッセージ。
1972年東京都で失踪した生島孝子さんの姉生島馨子さんのメッセージ。

そしていつもの終了アナウンスが出ている。引き続き1330からも日本語放送で10月21日に収録したメッセージである。
1972年に広島県で失踪した佐々木薫さんの弟佐々木正治さんのメッセージ。
1973年に千葉県で失踪した古川了子さんの姉と妹、竹下珠路さん・足立友子さんのメッセージ。
1974年に新潟県で失踪した大澤孝司さんの兄大澤昭一さんのメッセージ。
1974年に富山県で失踪した荒谷敏生さんの妹矢島文恵さんのメッセージ。
1976年に東京都で失踪した高野清文さんの妹高野美幸さんのメッセージ。
1977年に鳥取県で拉致された松本京子さんの兄松本孟さんのメッセージ。
そして都立第七中学校有志からのメッセージである。

この番組は2024年1月6日、10日、16日、26日、2月4日、3月3日、31日、4月28日、5月26日、6月23日、7月21日、8月18日、9月15日、10月13日に放送された内容と同じである。

1300代の朝鮮語と日本語放送、12045、9705、7295kHzの3波とも良好である。日曜日までの一週間同じ番組が続いた。

1430の「ふるさとの風」は7290、7520、9560kHzが聞こえている。7290kHzには若干CNR1の混信があるが弱くほとんど影響はない。また1446には弱いながらもジャミングが出現している、1451あたりから強くなってきた。
懐かしい日本の歌は「シャボン玉」である。「拉致問題解説」は、田口八重子さんについて。1978年6月ごろ、東京高田馬場のベビーホテルに二才と一才の子供を預けたまま行方不明に。当時22歳である。日本人を偽装し大韓航空機爆破事件を起こした北朝鮮工作員・金賢姫(キム・ヒョンヒ)の証言から、田口八重子さんがこの北朝鮮工作員の教育係を務めたことが明らかになっている。北朝鮮はこうした事実や大韓航空機爆破事件そのものへの関与を完全に否定している。しかし、田口さんは2002年に帰国した別の拉致被害者に対して、「1981年から1983年にかけて「オッカ」(金賢姫の別名)という名の女性工作員と共同生活した」ことが確認されている。
また、北朝鮮は、「田口さんは、1984年に別の拉致被害者・原敕晁さんと結婚し、1986年7月に原さんが病死したため、精神的な慰労のための旅行中に交通事故で死亡した」と説明している。しかし、帰国した拉致被害者は、田口さんとは1986年7月頃まで同じ招待所にいたが結婚の事実はなかったと証言しており、したがって、「原さんの死後、交通事故で死亡した」という説明は信用できるものではない。
北朝鮮側は、田口さんが大韓航空機爆破事件の実行犯の教育係を務めていたという事実を隠そうとしている。もちろん事件そのものを北朝鮮は韓国のデッチ上げだとし認めていない。
「ふるさとの声」は田口八重子さんへのメッセージ、お兄さんの飯塚繁雄さんから、2021年12月18日に逝去された。これは2021年11月に開催された国民大集会で収録されたメッセージである。続いてお兄さん本間勝さんからは2020年1月拉致問題を考える川口の集いで収録したメッセージ。そして長男、拉致被害者連絡協議会理事長でもある飯塚耕一郎さんからは2024年2月に大分市で開催された「拉致問題を考える国民の集い」で収録したメッセージが出ている。
この番組は2024年4月24日、5月5日、15日、26日、6月6日、16日、26日、7月6日、18日、28日、8月7日、18日、28日、9月8日、29日、10月9日、20日、31日と同じ内容である。

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2024年11月10日

11月9日「しおかぜ」

11月9日土曜日1300の「しおかぜ」は5935kHzが良好である。7305kHzは混信で受信状態は悪い。きのうと同じ番組である。特定失踪者問題調査会が10月16日に行った記者会見「北朝鮮における証言・情報について」で発表した資料が読み上げられている。
救出への道コーナーは増元輝明さんから、2023年作文コンクール中学生部門優秀賞「自分ごと」として考えること、沖縄県南大東村立南大東中学校3年池田七星さんの佐久本が読まれている。
八月十日に開催された「拉致問題に関する中学生サミット」に県の代表として参加しました。私はその中で拉致被害者、横田めぐみさんの弟である横田拓也さんの講話を受け、改めて、問題を解決する為に必要なことについて考えさせられました。
 横田拓也さんは当時のお話をする前に、 「自分ごと」として考える、受け止めることの重要性をお話していました。横田めぐみさんは、十三歳の時に拉致されています。中学一年生の冬、ごく当たり前に学校に行き、部活で汗を流し、その後、帰宅途中に拉致されました。海岸沿いから徒歩で五分の所に自宅、そこから更に十分の所に学校。実際の地理も交えた、めぐみさんが拉致されてから、拉致が発覚するまでのお話。アニメや文献などを見るよりもずっと、あの時その場にいたような気持ちになり、鳥肌が立ちました。
 横田拓也さんの講話が終わり、次の制作の説明を受けながら、先ほどの話をぼんやりと考えていました。ふと、私は私自身がめぐみさんや拓也さんに対して「かわいそう」ではなく、ただ純粋に「辛い」と感じていたことに気が付きました。それはアニメを見た時、拉致問題に関する本を読んだ時とは明らかに違う感情でした。その時、初めて私はこの問題を「自分ごと」として真正面から考えられていたのです。
 普段、私は日頃起きている問題を「自分ごと」として捉えられているだろうか。同性婚が未だ認められていないことや、悲惨な事件のニュースを見ても「かわいそうだな」 「大変そう」と感ても、自分ごととしては捉えられていない。それは、自分自身がそのことについて表面的な事しか知らないからではないだろうか。では「自分ごと」として捉えられるにはどうしたら良いのだろうか?本当の心情は当事者にしか解らない。しかし、 「知る」ことは出来ます。私が拉致問題について当時の話を聞いたり調べたりしたことで自分ごととして考えることが出来た様に。
 カラーバス効果、というものがあります。関心を持ったものが日頃の生活の中で自然と目に入る、というものです。こんな問題がある、と心に留めておく。もし、ネットやニュースでそのことに関することがあればきっと貴方の目に留まるはずです。そうやって日々、ちょっとずつ問題に触れていく事でより問題が身近になっていくとおもいます。
 次は、誰かにそれを伝える番です。友達や家族と話したり、インターネットで発信してみたり。そうやって関心の輪を広げていく事で、 より多くの人が 「自分ごと」 として考えるきっかけになり、問題の解決につながっていくのではないでしょうか。

「日本政府からご家族の声」は田口八重子さんへ、長男飯塚耕一郎さんから、2022年12月国際シンポジウムでのメッセージが出ている。あとはいつものように日本へ船での脱出に際しての注意喚起が出ている。

1430の「ふるさとの風」は9560kHzがベスト、7290kHzは若干CNR1とジャミングの混信がある。7520kHzはこの時間も強い。懐かしい日本の歌は「ドレミの歌」である。
「拉致問題解説」は増元るみ子さんについて。1978年8月12日鹿児島県吹上浜で市川修一さんとともに拉致された。当時24才であった。二人は1979年7月20日結婚し、1981年8月17日心臓マヒで死亡したとされる。しかし結婚した事実もなく、何の前触れもなく死亡したというのはいかにも不自然であり、2002年9月に北朝鮮の捏造死亡診断書で死んだことにされてしまった。死亡を確認する客観的事実は何もない。
「ふるさとの声」は増元るみ子さんへ。弟さん増元照明さんから2023年10月鹿児島県で開催された共同公開収録のメッセージである。続いて、お姉さん平野文子さんからのメッセージは2024年6月の電話収録から。同じく2020年6月に電話収録したメッセージである。そして2019年12月熊本県での国民の集いで収録したメッセージである。
「今日の一曲」は1976年のヒット曲沢田研二の「コバルトの季節の中で」、この曲は1978年秋から約一年間、拉致被害者の蓮池由紀子さんと増元るみ子さんが北朝鮮で一緒に暮らしていた際、由紀子さんがるみ子さんによく歌っていたという。この番組は2024年7月17日、27日、8月6日、17日、28日、9月7日、17日、28日、10月8日、19日、29日と同じ内容である。
  
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2024年11月09日

11月8日「しおかぜ」

8にち1300の「しおかぜ」は7305kHzが混信で聞こえない。5935kHzはきわめて強力である。金曜日は日本語放送から、10月29日特定失踪者問題調査会の記者会見「北朝鮮における証言・情報について」で発表した資料が読み上げられている。
これまで調査会が得てきた特定失踪者に関する情報の中で公開できるものを整理して公開する。
 特定失踪者・拉致被害者の情報は極めて重要なものだが、その中には当然ながら100%のものはなく、また北朝鮮側からの逆情報もあると思われる。私たち自身それに翻弄されてきたが、横田めぐみさんでも当初は「海岸に行ったら工作員脱出を目撃して」とか「双子の妹」と言ったように誤った情報が入っていた。事態が動かない中、可能な情報は公開すべきであると考えて以下の通り発表するものである。
① 比較的最近入手した情報の中でもいくつかのルートからの情報が重なるケース
 ルートについて秘匿せざるを得ないため、下記(3)の中にも同じルートからの情報が入っている。それを含めると全体で10名程度になる(政府認定拉致被害者については別)。
遠山文子さん
山本美保さん
高敬美・剛姉弟
② 松原仁・元拉致問題担当大臣が「大臣在任中拉致されて北朝鮮にいると認識していた」と証言したケース
大澤孝司さん
藤田進さん(川口)
③ 現在確認のできた目撃ないし存在に関する証言のある特定失踪者
(敬称略・失踪時期順)
 ここに名前がなく、目撃証言がなくても例えば秋田美輪さんのように拉致の蓋然性の高いケースも少なくない。逆に政府認定拉致被害者の曽我ひとみさん・ミヨシさんなどは北朝鮮側が発表するまで警察は拉致の蓋然性すら低いと認識していた。つまり一見拉致の可能性が低いかのように見えるケースであっても拉致されている可能性があるということである。特定失踪者家族会と特定失踪者問題調査会では近々林芳正内閣官房長官兼拉致問題担当大臣と面会する予定で、既に日程の調整を進めているが、その折にはこの情報について改めて質し、回答を求める予定である。
(1) 徳永陽一郎 昭和28年(1953)長崎市で失踪 当時18歳 染料店店員
 平成10年(1998)~11年、北朝鮮国内で目撃したとの脱北者情報がある。その脱北者は「酔っぱらって『拉致されてきた。日本に亡命する』と言ったのを密告され、収容所に入れられた。取り調べの書類に『1954~55年日本から朝鮮に来た』と記されていた。また身体検査の時、右肩に刃物による傷跡があったことを記憶している」と証言した(本人は右肩に子供の頃鎌で切った傷跡がある)。
(2) 木村かほる 昭和35年(1960)2月27日 秋田市で失踪 当時22歳 看護学校学生
 金正日の料理人こと藤本健二はじめ、複数の目撃証言がある。金賢姫が自著の中で平壌外国語大学で学んだ時の日本語教師が、木村さんに該当する可能性がある。平成14年(2002)12月脱北者の女性が「親友の両親が拉致された日本人だった」と証言し、年齢や拉致された時期から木村ではないかと思われる。また、北朝鮮にいた事のあるタイ人の女性4名から別々に聞き取りを行ったところ、「日本語を習った日本人教師」として、多くの特定失踪者の中から「最も似ている」として木村を挙げている。姉天内みどりによればしぐさの特徴などもよく似ているという。さらに脱北者ホ・ガンイルが2002年頃の数ヶ月から半年の間、平壌市内モランボン区域の日本の品物を売る外貨商店で見た女性と似ていると証言している。
(3) 宮澤康男 昭和35 年(1960)9月21日 東京都内で失踪 当時18歳 製パン会社勤務
 北朝鮮で似た人を見たとの複数の目撃情報がある。
(4) 藤田慎 昭和35年(1960) 東京都内で失踪 当時29歳 会社員
 北朝鮮にいるとの情報がある。
(5) 正木冽子 昭和36年(1961) 徳島市で失踪 当時19歳 看護師
 「中国国内で似た女性を見た」とする目撃情報がある。
(6) 加瀬テル子 昭和37年(1962) 千葉県海上町(現旭市)で失踪当時18歳 家事手伝い
 平成16年(2004)に脱北者が北朝鮮から持ち出したとされる写真が鑑定の結果「本人である可能性が極めて高い」と発表さた。平成29年(2017)政府はこの写真が第三国にいる別人のものと発表しているが、結膜(白目)部分の特徴など、別人とは考えにくい。
(7) 寺越昭二 (8) 外雄 (9) 武志 昭和38年(1963)5月12日 能登半島沿岸で漁に出たまま失踪。当時昭二36歳・外雄24歳・武志13歳 
 元北朝鮮工作員の安明進(アン・ミョンジン)は教官から聞いた話として、日本に侵入するところを目撃されたため、昭二は拳銃で射殺されて海に沈められ、弟の外雄と甥の武志は拉致されたとされている。外雄は1994年、北朝鮮の亀城で死去したとされる。武志は家族がアクセスできる唯一の拉致被害者だが日本政府は拉致認定していない。
(10) 藤田進(新潟) 昭和40年(1965)3月26日 新潟県青海町(現糸魚川市)で失踪 当時17歳 高校生 北朝鮮にいるとの情報がある
(11) 坂本とし子 昭和40年(1965)6月9日 東京都北区の自宅を出て失踪 当時23歳 家業の浴場業手伝い
 脱北女性が「明確ではないが1993年頃に政治大学で見たことがあるような気がする」と証言。また脱北者ホ・ガンイルが平成14年(2002)頃の数ヶ月から半年の間、平壌市内モランボン区域の日本の品物を売る外貨商店で似た女性を目撃したと証言している。
(12) 日高信夫 昭和42年(1967)9月 東京都内で失踪 当時23歳 印刷工
 脱北者河日(ハ・イル)が「1994年に平壌の病院で会った人に非常によく似ている。朝鮮語が下手だったので、朝鮮人ではないと思った。印刷に関する日本語と朝鮮語の書物を読んでいた」と証言している。一般に明らかになっていない癖などが脱北者の証言とほぼ一致している。
(13) 紙谷礼人 (14)速水 昭和42年(1967)11月7日 北海道雄武港から父慶五郎・兄圭剛と漁に出て失踪 当時礼人19歳・速水16歳
 北朝鮮にいるという情報がある
(15) 斉藤裕 昭和43年(1968)12月1日 北海道稚内市で失踪 当時18歳 高校生
 平成11年(1999)に韓国に亡命した権革(コン・ヒョク 自身が北朝鮮の国家安全保衛部に所属していたと証言)は、斉藤裕が昭和53(1978)年5月朝鮮人民軍偵察指導局の日本人教官で、翌年には泰川の軍官学校で日本語の教師をしていた。特殊部隊57軍校で「ヨンスン教官」と呼ばれていた。日本の風習や自衛隊のルール(生活規律)を指導していた。と証言。また平成12(2000)年に韓国に亡命した元北朝鮮人民軍大尉金国石は「1990年7月から1992年8月までの間、馬東煕大学の偵察指揮課程で時々見かけた」と証言。平成17年(2005)短波放送(同時期開始した「しおかぜ」と推定)で自分の名前が出たことを周囲に語ったことがきっかけになり退役。平安南道成川に移動。平成20年(2008)には平壌郊外の平城に移動したとの情報がある。
(16) 国井えり子 昭和43年(1968)12月12日 北海道網走市の自宅を出て失踪 当時17歳 高校生
 脱北者が提供した写真が、鑑定により「この写真の女性を国井えり子さんとして矛盾するものはないが、今後の検討を要する」とされた。
(17) 今井裕 昭和44年(1969)3月2日 青森県弘前市の自宅を出て失踪 当時18歳 高校生
 母親(故人)は失踪前から毎日一行日記をつけており平成2年(1990)1月から平成9年(1997)まで毎年一回無言電話があり、平成5年(1993)10月2日には午前9時半ころ自宅に電話で「裕を2~3日内に返す」と相手が言ったことが書かれていた。
(18) 大屋敷正行 昭和44年(1969)7月27日 旅行先の静岡県沼津市で失踪 当時17歳 高校生
 権革は「1997年頃泰山にある軍官学校で講習を受けた 120人くらいの軍人の中の一人で、3カ月ほど一緒に6人部屋で生活した」と証言。その時に本人から聞いた話として「拉致された数日後、日本国内の旅館のようなところに拘束され、そこから車で移動して船に乗せられ、北朝鮮に渡った」と言っていたという。「日刊ゲンダイ」令和元年(2019)6月23日付では軍官学校で同期だった別の脱北者の証言として「1977年、平安北道泰川の朝鮮人民軍総合軍官学校で軍事訓練を受けていた。名前は「キム・ミョンホ」、当時の階級は少尉だった。拉致後、収容所で語学や思想教育を受けて泰川に移動、軍人として本格的な始めたようだ。1988年前後に労働党幹部の娘で咸鏡南道咸興市の外国語大学教員と結婚した」と報じられている。
(19) 上田英司 昭和44年(1969)11月4日 東京都渋谷区で失踪 当時20歳 受験生
 安明進によれば「1990年「南朝鮮革命史跡館参拝のとき見た党幹部風の人物に酷似している」とのこと。ただし同証言では年齢と身長が合致しない。
(20) 七條一 昭和45年(1970)2月10日 石川県金沢市で失踪 当時21歳 大学生
 北朝鮮にいるとの情報がある
(21) 加藤久美子 昭和45年(1970)8月8日 福岡県北九州市で失踪 当時22歳 会社員
 安明進が「1988年、89年、90年金正日政治軍事大学内で横田めぐみさんと一緒にいた女性だと確信する」と述べている。
(22) 園田敏子 昭和46年(1971)12月30日 鹿児島県大崎町の自宅を夫一(はじめ)と出て失踪 当時42歳
 脱北者が「家族がよく似た日本人女性を見た」との情報がある。また「敏子さんに似ている」とする北朝鮮国内で撮影された写真を平成25年(2013)に報道関係者が入手している。「Flash」平成29年(2017)12月12日号によれば「清津港に連行され、思想教育を受けた。そこで知り合った工作員と結婚し二人の男の子ができた。河面の長屋式住宅に住んでいた」と報道。また「日刊ゲンダイ」令和元年(2019)6月24日号によれば脱北者Kの証言として「平成18年(2006)頃の情報でイ・スンオクと名乗り。北東部の咸鏡北道セビョル郡河面の労働者区域に1980年代から住んでいた」としている。
(23) 生島孝子 昭和47年(1972)11月1日東京渋谷区で失踪 当時31歳 電話交換手
 韓国人経済博士で一家で北朝鮮に渡り、のちに韓国に再亡命した呉吉男(オ・ギルナム)が「1985年に平壌の高級アパートに滞在中、同じアパートに住み日本語を教えていた日本人女性と会話した。その女性は生島孝子さんによく似ている」と証言した。呉吉男は後に来日し母・姉とも会って本人であると伝えている。また失踪翌日夜電話があり無言の時間が続いた後、「いまさら仕方ないだろ」との一言とともに切れた。
(24) 遠山文子 昭和48年(1973)7月 石川県羽咋市で元会社同僚男性と失踪 当時21歳 会社員
 ①の情報以外に権革によれば「1993年9月に清津連絡所で会い、一緒に食事をした。身長157㎝くらいでふくよか、活発な性格」と証言。
(25) 古川了子 昭和48(1973)年 千葉県市原市の自宅を出て失踪 当時18歳 会社員
 安明進が「平壌の915病院に入院していた1991年秋、病院の広い敷地内で古川さんによく似た人と遭遇し対話した」と証言。安明進は平成17年(2005)~19年に提訴した特定失踪者の代表としての古川了子の拉致認定を求める行政訴訟の折に、東京高等裁判所の法廷で証人陳述している。
(26) 渡辺秀子 (27) 高敬美 (28) 高剛 昭和48年(1973)〜49年 東京都内で失踪 秀子は当時32歳。長女敬美6歳。長男剛3歳。
 秀子については日本国内で殺害されたとする説と北朝鮮に拉致されたという説がある。敬美と剛は49年6月に福井県小浜市の岡津海岸から北朝鮮へ連れ去られたと見られている。また二人については比較的最近の状況について二つの異なる情報がある。
(29) 波多野幸子 昭和49年(1974)1月12日 福岡県福岡市で同僚の三浦和彦と失踪 当時18歳 会社員
 代表荒木がかつて中国瀋陽で会った人物から田中実に関する情報を聞いた際、田中の妻が波多野に似ているとの証言を得た(但し本人はあくまで似ていたと言っていただけで別人の可能性はある)。
(30) 大澤孝司 昭和49年(1974)2月24日 新潟県佐渡島で失踪 当時27歳 県庁職員
 北朝鮮で農業関係の仕事をしていたが既に引退しているとの情報がある。

きょうは以上の方々の情報が放送された。
救出への道コーナーは2023年作文コンクールから中学生優秀賞作品の朗読である。
「日本政府からご家族の声」は田口八重子さんへ、飯塚耕一郎さんから、2022年12月国際シンポジウムでのメッセージが出ている。あとはいつものように日本への脱出に際しての注意喚起が出ている。

1300代の朝鮮語と日本語放送は12045、9705、7295kHzが強力である。すべてジャミングは出ていない。この時間は毎日同じ番組が出ている。

1430の「ふるさとの風」は9560、7290kHzが強い、7520kHzもクリアーに聞こえている。7290kHzには同波のCNR1が混信しているが弱く影響はない。懐かしい日本の歌は「肩たたき」である。
「拉致問題解説」は松木薫さんについて。1980年5月頃スペイン留学中に消息を絶った。1988年に石岡亨さんから日本の家族あてに8月13日付のポーランドの消印で手紙が届き、平壌で生活していると伝えてきた。その後よど号ハイジャック犯とその関係者によって増元るみ子さんを含め3人が平壌へ連れて行かれたことが判明している。北朝鮮は1996年8月交通事故で死亡と発表、しかしこれは拉致を認めて2002年に急遽死亡確認書をねつ造したもので、ニセ遺骨を出すなど客観的なことは何も示されていない。
「ふるさとの声」は松木薫さんへのメッセージ、弟さん松木信弘さんから、2023年12月の収録である。次に2020年12月、そして2019年12月収録のメッセージが出ている。お姉さん斎藤文代さんから、2019年12月に熊本で収録したメッセージ。そして2019年5月、東京の国民大集会での収録から。「今日の一曲」はミュージックボランティア、うらた剛さん作詞作曲の「薫の約束」である。お姉さん斎藤文代さんが、うらた剛さんに依頼し松木薫さんへの思いを込めて作られた曲である。この番組は2024年2月5日、16日、26日、3月7日、19日、29日、4月5日、12日、22日、5月2日、13日、24日、6月3日、14日、24日、7月4日、16日、26日、8月5日、15日、26日、9月6日、16日、26日、10月7日、18日、28日と同じ内容である。

  
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2024年11月08日

11月7日「しおかぜ」

1300の「しおかぜ」は今日も5935kHzは強力である。7305kHzも強い、同波の混信がほとんどわからない、受信状態は良好である。7日、木曜日は前半・後半とも朝鮮語放送である。

1300の「にっぽんの風」と1330の「ふるさとの風」は7295、9705、12045kHzが聞こえている。7295kHzにはジャミングが確認できるが、弱く影響はない。

1405の7260kHzは同波の新疆放送中国語が強く聞きづらい。6085kHzは強力に入感している。この時間は開始と終了に「しおかぜ」のアナウンスがあり、番組は先週1330に放送された日本政府制作の「ふるさとの風」が出ている。

1430の「ふるさとの風」7290、7520、9560kHzが強力である。7290kHzの混信も弱く影響はない。木曜日はこの時間も1330と同じ番組である。「ふるさとの風ニュース」は10月17日石破茂総理と拉致被害者家族と面会した。当日家族会の横田拓也代表と横田早紀江さんの発言が出ている。
ふるさとの唱歌コーナー、今週は「ドレミの歌」である。
10月5日埼玉県蕨市で共同公開収録のライブコンサートが開かれた。立川市立立川第七中学校女子卓球部一同「横田めぐみさんを救う会」による「『糸』横田めぐみさん達を救うための訴え」の熱演である。

  
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2024年11月07日

11月6日ふるさとの風

7200kHzで聞こえている「統一のこだま放送」が時々出ていない日がある。1100-1258のはずだが、10月31日、きょう11月6日も出ていない。受信状況などから、台湾送信であることに間違いはない。

1300の「しおかぜ」は5935kHzが強力である。パラの7305kHzはCNR1の混信が強くほとんど聞こえない。水曜日は前半・後半とも英語放送である。

1430の「ふるさとの風」は3波とも良好である。7290kHzにはCNR1が混信しているが、八俣の電波が優勢である。懐かしい日本の歌は「海」である。~♪松原遠く~で始まっている。
拉致問題解説は曽我ミヨシさんについて。1978年8月12日夜、近所に買い物に出掛けたままひとみさん(当時19才)と共に行方不明になった。日本政府の無策ぶりが露呈した事件で、2002年10月ひとみさんが帰国するまで、拉致されていることさえ分からなかった。その後の調査で在日朝鮮人が関与していることも分かっている、実行犯女性工作員キムミョンスクを2006年11月に逮捕状を得て国際手配、犯人の引き渡しを求めているというが何の解決にも至っていない。紙に書いただけで何も行動を起こしてはいない。
「ふるさとの声」は、曽我ひとみさんから2023年11月26日に開催された「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」で収録したメッセージ、続いて2021年10月の川崎市民の集いで収録したメッセージ。2020年11月「忘れるな拉致新潟県民集会」で収録したメッセージである。この番組は2024年2月4日、14日、25日、3月6日、16日、29日、4月4日、11日、21日、5月1日、12日、23日、6月2日、12日、23日、7月3日、13日、25日、8月4日、14日、25日、9月5日、15日、25日、10月6日、17日、27日と同じ内容である。
  
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2024年11月06日

11月5日ふるさとの風

1300代の朝鮮語と日本語放送、12045、9705、7295kHzが良好である。昨日から新しい内容の番組が出ている。
「ふるさとの風ニュース」は10月17日石破茂総理と拉致被害者家族と面会した。当日家族会の横田拓也代表と横田早紀江さんの発言が出ている。
ふるさとの唱歌コーナーは日本語放送のみに出ている。今週は「ドレミの歌」である。
今週の一曲、朝鮮語放送は1996年のヒット曲、華原朋美のI'm proudである。日本語放送は、10月5日埼玉県蕨市で共同公開収録のライブコンサートが開かれた。立川市立立川第七中学校女子卓球部一同「横田めぐみさんを救う会」による「『糸』横田めぐみさん達を救うための訴え」の熱演が出ている。

1300の「しおかぜ」は5935kHzが混信もなく強力である。7305kHzは同波のCNR1につぶされている。全く聞き取り不可能である。火曜日は前半・後半とも朝鮮語放送である。

1430の「ふるさとの風」は9560と7520kHzが良好である。7290kHzはCNR1の混信が確認できる。ほぼ互角の勝負である。懐かしい日本の歌「汽車」で始まった。拉致問題開設は石岡亨さんについて。1980年5月頃大学生だった石岡さんはヨーロッパへ出かけたまま消息を絶った。1988年家族あてに8月13日付のポーランドの消印で手紙が届き平壌で暮らしていることがわかった。こうして有本恵子さん、松木薫さん3人が北朝鮮に拉致されたことが判明、1988年11月4日死亡と北朝鮮は発表している。松木薫さんを含めた3人は、よど号ハイジャック犯とその関係者によってヨーロッパから平壌に連れていかれたことが判明している。当然のことながら北朝鮮はよど号ハイジャック犯との関わりを全面否定している。小泉総理の訪朝が決まると、2002年に急遽死亡したことにされてしまった。
ふるさとの声は石岡亨さんへのメッセージ、お兄さん石岡章さんから、2024年2月に寄せられたメッセージが代読されている。地球温暖化による変化、スマホ普及による善悪、社会生活の変化による高齢化が進んでいることなど時代の移り変わりを述べている。
今日の一曲は、拉致問題の解決を願って歌われている歌、南こうせつさんの「国境の風」である。この番組は2024年4月20日、30日、5月10日、22日、6月1日、11日、22日、7月2日、12日、24日、8月3日、13日、23日、9月4日、14日、24日、10月4日、16日、26日と同じ内容である。

  
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2024年11月05日

11月4日ふるさとの風

1300の「にっぽんの風」と1330の「ふるさとの風」は12045、9705、7295kHzがいずれも強力である。各波じゅすん状態は良好である。月曜日から新しい内容である。「ふるさとの風ニュース」は10月17日石破茂総理と拉致被害者家族と面会した。当日家族会の横田拓也代表と横田早紀江さんの発言が出ている。
ふるさとの唱歌は日本語放送のみに出ている。今週は「ドレミの歌」である。
今週の一曲、朝鮮語放送は1996年のヒット曲、華原朋美のI'm proudである。日本語放送は、10月5日埼玉県蕨市で共同公開収録のライブコンサートが開かれた。立川市立立川第七中学校女子卓球部一同「横田めぐみさんを救う会」による「『糸』横田めぐみさん達を救うための訴え」の熱演である。

1300の「しおかぜ」は5935kHzが強力である。7305kHzはCNR1も強く互角の勝負。月曜日は日本語法そいから、先週と同じ番組である。10月5日埼玉県蕨市における共同公開収録から、拉致被害者田口八重子さんの兄の本間勝さんの「異国の丘」の熱唱が出ている。先週と同じ番組である。
次いで、特定失踪者、佐々木悦子さんの母の佐々木アイ子さん、同じく特定失踪者佐々木正和さんの姉の佐々木美智子さんからのメッセージである。
10月17日、石破総理と拉致被害者家族らとの面会を行った。総理のあいさつが出ている。救出への道コーナーはいつものように2022年作文コンクールから中学四部門最優秀賞の朗読である。
「日本政府からご家族の声」は横田めぐみさんへ、弟横田拓也さんから2022年12月の国際シンポジウムからのメッセージが出ている。そして日本への脱出に際しての注意喚起が告知されている。この番組は2024年10月25日、26日、28日、11月1日、2日と同じ内容である。

1430の「ふるさとの風」は9560kHzがベスト、7290kHzは若干混信がわかる程度、台湾の電波が優勢である。7520kHzはクリアーに聞こえている。
懐かしい日本の歌は「めだかの学校」である。続いて拉致問題解説は松本京子さんについて。2006年11月20日に17人目の拉致被害者に認定された。鳥取県米子市で1977年10月21日夜、自宅近くの編み物教室に出かけたまま拉致され行方不明に、2002年の日朝首脳会議や2006年の日朝実務者協議で北朝鮮は入国した事実はないとして、拉致を認めていない事案でもある。地元での支援活動や29才で拉致された経緯などが紹介されている。
「ふるさとの声」は松本京子さんへ、2023年12月に収録されたお兄さん松本肇さんからのメッセージが出ている。続いて、2020年6月に電話収録されたメッセージが出ている。そして2020年1月島根県で開催されたふるさとの風・しおかぜ共同公開収録でのメッセージ。最後に2019年5月に東京で開催された国民大集会での収録メッセージから。今日の一曲は1973年のヒット曲、小柳ルミ子の「春の訪れ」である。この番組は2024年3月27日、4月2日、8日、19日、29日、5月9日、21日、31日、6月10日、20日、7月1日、11日、22日、8月2日、12日、22日、9月3日、13日、23日、10月3日、15日、25日と同じ内容である。

  
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2024年11月04日

11月3日「しおかぜ」

昨日とはうって変わり、雲一つない快晴。今日も最寄駅から人出の多い街中ウォーキング。ちょっと寄り道、二駅先からも散策した。この無人駅もアナウンスが全くなかった。途中マラソン大会が行われており、歩道橋が通行禁止に。ランナーのいない時を見計らって横断することができた。初めての経験である。本日は19000歩である。

日曜日1300の「しおかぜ」は一ヶ月ごとの繰り返し、同じ番組が出ている。5935kHzは混信もなく極めて強い。7305kHzは同波のCNR1が混信している。きょうは八俣の電波が優勢である。
2023年10月21日都庁前広場で、特定失踪問題調査会主催で開催された「『お帰りと言うために』拉致被害者・特定失踪者家族の集い」における工藤彰三・内閣府副大臣の発言である。
続いて荒木和博代表と青山繁晴参議員とのトークショーである。拉致被害者を帰国させるためには話し合いでは解決するはずがない。奪還か開放しかありえないという見解である。まさに北朝鮮相手ではこれしかないだろう。拉致問題ではなく、明らかに拉致事件である。憲法改正しなければ解決できないが、それを阻止する勢力もある。拉致被害者を返さなければ、実力行使もありうる。自衛隊の拉致被害者救出部隊で行動を起こすことになる。トークショーは1356まで続いた。
この番組は2024年1月5日、9日、13日、19日、29日、2月25日、3月24日、4月22日、5月19日、6月16日、7月14日、8月11日、9月8日、10月6日と同じ番組である。

1300の「にっぽんの風」と1330の「ふるさとの風」は3波ともクリアーに聞こえている。今日日曜日までの一週間同じ番組続いた。

1430の「ふるさとの風」は7290kHzがCNR1と互角の勝負である。9560と7520kHzは混信もなく良好である。懐かしい日本の歌「富士の山」で始まっている。拉致問題解説は市川修一さんについて。1978年8月12日、鹿児島県日置郡において増元るみ子さん当時23才と共に拉致された。2002年北朝鮮は拉致を認め1979年7月24日に結婚し、9月4日死亡としているが、泳げなかった市川さんが、初冬に川で溺死したことにして、死亡通知書を2002年9月に急きょ作成、客観的事実は何もなく信用できる内容ではない。これも北朝鮮にとっては死亡したことにしないと都合の悪い拉致事件である。
「ふるさとの声」は、市川修一さんへ、お兄さん市川健一さんから2024年1月に電話収録したメッセージである。続いて2020年6月に同じく電話収録したメッセージ。そして2019年2月に収録したメッセージ。お姉さん市川龍子さんからも2024年1月電話収録のメッセージが出ている。最後に市川龍子さんから2020年6月に電話収録したメッセージである。
今日の一曲は1995年のヒット曲、岡本真夜の「TOMORROW」である。
この番組は2024年4月18日、28日、5月8日、18日、30日、6月9日、19日、30日、7月10日、21日、8月1日、11日、21日、31日、9月12日、22日、10月2日、12日、24日と同じ内容である。


  
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2024年11月03日

11月2日「しおかぜ」

2日の土曜日、場所によっては大雨も降ったようだ。今日出かけた場所ではほとんど雨も降らず、傘をさす必要もなかった。というよりも雨の降らない時間だけ歩いたということだろう。それでもきょうは2万歩に達した。

1300の「しおかぜ」は5935kHzが強力である。7305kHzは混信でほとんど聞こえない。土曜日は昨日と同じ番組である。前半日本語放送、こうはn1330は朝鮮語放送である。

1430の「ふるさとの風」は9560kHzが強力である。7290kHzは混信がかなり強いが台湾送信も強く聞き取りは可能である。タシケント送信の7520kHzは混信もなくクリアーに聞こえている。懐かしい日本の歌は「どこかで春が」で始まった。
拉致問題解説は有本恵子さんについて。1983年7月頃コペンハーゲンから家族あてに手紙が届いたのを最後に消息を絶った。1988年に石岡亨さんから家族あてに8月13日付のポーランドの消印で手紙が届き、松木薫さんら3人は平壌で生活しており、よど号ハイジャック犯らの手によって北朝鮮に拉致されたことが判明している。そして1988年11月4日に生活していた招待所で家族全員石炭ガス中毒で死亡と北朝鮮は2002年9月に虚偽報告している。しかし客観的事実は何一つ示されていない。よど号ハイジャック犯の妻、八尾恵らによって拉致されたことが判明している。北朝鮮側はこれを一切認めていない。北朝鮮側の主張は、匿っているテロリストが関与した犯罪行為を隠蔽しようとする意図があったと受け止められる。
「ふるさとの声」は有本恵子さんへ、お父さん有本明弘さんから、2023年12月収録のメッセージが出ている。続いて、2021年12月18日神戸で開催された「拉致問題を考える国民のつどいin兵庫・神戸」で収録されたメッセージである。そして2020年2月3日に94歳で亡くなったお母さん有本嘉代子さんから、2019年1月収録のメッセージが出ている。
今日の一曲は1978年のヒット曲、堀内孝雄の「君の瞳は一万ボルト」である。この番組は2024年1月31日、2月10日、20日、3月1日、12日、23日、4月16日、27日、5月7日、17日、29日、6月8日、18日、29日、7月9日、20日、30日、8月10日、20日、30日、9月11日、21日、10月1日、11日、23日と同じ内容である。

  
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