2015年03月26日

3月25日ふるさとの風

25日の1300代、9950kHzは強力に入感している、前半朝鮮語、後半日本語放送である。しかし日本語ホウ素開始直後、強烈なPipジャミングに見舞われた。5985kHzは弱いが、9950kHzは強力である。上下1kHz間隔に出ているキャリアーをカットすれば影響は軽減される。台湾の信号は強く聞き取りは十便可能である。
拉致問題インフォメーションは3月9日ジュネーブで開催の第28回国連人権理事会で北朝鮮の人権状況をまとめた報告書が提出された。報告書はマルズキ・ダルスマン特別報告者が作成したもので、北朝鮮に対し、人権侵害の速やかな停止や韓国と日本との二国間協議に加わることなどを強く主張した。。
ニュース解説は「アジアインフラ投資銀行と韓国」について、中国主導のAIIBは日本と米国が参加表明をしていない。世界制覇をもくろむ中国のしたたかさはEUにはそれほど影響はない。韓国も参加表明をするとの見方が強いようだ。しかし日米にとっては中国仕様のインフラを受け入れるわけにはいかない。ジャミングを出し海外の情報を黙殺、情報鎖国の中国主導などあり得ない。
拉致問題解説は、横田めぐみさんについて。1977年11月15日夕方、新潟市内の中学校からの帰宅途中拉致された。20年後マスコミで報道され北朝鮮に居ることが分かった。2004年になり、嘘で塗り固められた死亡台帳などからニセ遺骨まで出し、亡き者にしなければならない事情が北朝鮮にはある。死亡を裏付ける証拠はどこにもない。
故郷の声は26歳で拉致された松木薫さんへ、昨年12月13日「対北朝鮮ラジオ放送シンポジウム」で公開収録された、お姉さん斉藤文代さんのメッセージ。
今週の一曲は朝鮮語はZooのChoo Choo Trainと聞き取れる曲、ただ騒々しいだけでピンと来ない。日本語放送は1969年のヒット曲ビリー・バンバンの「白いブランコ」、昨年9月にも登場している。

1330の「しおかぜ」は5985kHz、、弱いながらPipジャミングが出ているがほとんど影響はない、内容は100%聞き取り可能である。水曜日は失踪者家族からの手紙の一部が代読されている。
2000年失踪の浜崎真嗣さんへ、お母さんの久美子さんからの手紙、
1968年失踪の屋木しのぶさんへ、妹さんの板谷春美さんから
1969年失踪の大屋敷正行さんへ、お姉さんの山口幸子さんから
1985年失踪の伊藤 克さんへ、奥さんのしづ子さんから
1960年失踪の木村かほるさんへ、お姉さんの天内みどりさんから
1993年失踪の田中正道さんへ、妹さんの村岡育世さんから
1948年失踪の平本和丸さん、1950年失踪の平本敏昭さんへ、お姉さんの末永直子さんから、「北鮮」にいる兄弟へのメッセージ。
1985年失踪の下地才喜さんへ、お母さんの元枝さんから
1963年失踪の森 洋子さんへ、お姉さんの林澄子さんから
1977年失踪の布施範行さんへ、お母さんのマサ子さんから
1989年失踪の松岡伸矢さんへ、お父さんのマサノブさん、お母さんの圭子さんから
1986年失踪のMさんへ、奥さんのキミさんから
1974年失踪の大澤孝司さんへ、お兄さんの昭一さんから
1355:33に「日本政府からのメッセージ」、「ふるさとの風」のコマーシャルが出ている。後半1400からも失踪者家族からの手紙が読まれている。
1977年5月失踪の仲里次弘さんへ、お姉さんの神山磯枝さんから
1965年失踪の藤田 進さんへ、お母さんのフミさんから
1987年失踪の西安義行さんへ、妹さんの西安圭子さんから
2002年失踪の稲田裕次郎さんへ、お母さんの智子さんから
1987年失踪のNさんへ、お母さんきよ子さんから
1961年失踪の岩佐寅雄さんへ、姪の竹川朋子さんから
1981年失踪の横山辰夫さんへ。お姉さんの浦本カツヨさんから
1988年失踪の種子雅也さんへ、お父さんの一郎さんとお母さんの資子(トモコ)さんから
1972年失踪の平山政子さんへ、お兄さんの勲さんから
1989年失踪の日高満男さんへ、お姉さんの田中恵美子さんから
1968年失踪の早坂勝男さんへ、お兄さんの勇治さんから
1990年失踪の清水桂子さんへ、お母さんの弘美さんから
1968年失踪の水島慎一さんへ、弟さんの嘉導さんから
以上の方からの手紙が代読された。1425:33にも「日本政府からのメッセージ」が出ているが、すべて再放送のため周波数アナウンスも1600が9960kHzと古いままである。この放送は2014年4月23日、5月28日、7月2日、23日、8月20日、10月1日、29日、11月27日、12月24日、1月28日、2月25日と同じ番組である。

1430の「故郷の風は9960kHz、ノイズジャミングが出ているほとんど影響はない、受信状態は良好である。懐かしい日本の歌「肩たたき」で始まった。拉致問題解説は増元るみ子さんについて。1978年8月12日鹿児島県吹上浜で市川修一さんとともに拉致された。二人は1979年7月20日結婚し、1981年8月17日死亡したとされる。何の前触れもなく心臓マヒで死亡したというのはいかにも不自然であり、2002年北朝鮮の捏造死亡診断書で死んだことにされてしまった。
ふるさとの声は増元るみ子さんへ。お姉さん平野文子さんから2014年12月収録のメッセージが出ている。 メッセージ内容が3月7日放送分から新しい内容になった。36年前のカセットテープが発見され、肉声を聞くことができたことなど。
続いて中学生時代の同級生メイソンSもと子さんの訴えは2013年2月収録、小中学校の同級生苅谷達郎さんのメッセージ、これも2013年2月の収録。るみ子さんの友人松永雅子さんからのメッセージは2014年10月の収録、結婚式でのお祝スピーチを録音したテープが見つかりちょっとした話題に、36年前のるみ子さんの声を聴くことができた。
今日の一曲は、1976年のヒット曲沢田研二「コバルトの季節の中で」、1978年から一年間、蓮池由紀子さんと増元るみ子さんが北朝鮮で一緒に暮らしていたころ、由紀子さんがるみ子さんによく歌っていたという。
この番組は2015年3月7日、16日と同じ内容である。

上の画像に書かれている文字を入力して下さい